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retusat

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    そして7年前に入院した時も何も原因はないのに鼻が詰まって苦しかったので点鼻薬を処方してもらった その鼻詰まりは退院してからも何か月もずっと続いた そこが多分、少しずつこれから解放されていくのだろう それにしても元通りになるためにもういっぺん同じ道を通らなきゃならないのは苦しいことこの上ないが

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    次の日はくしゃみは出なかったが鼻詰まりは残った。2日連続点鼻薬をして眠らなければ息ができなかった

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    自分の中で「100%じゃなくて50%でもいいじゃない、50%は向き合えてもらってるんだから」という声は大きかったが、やっぱり100%じゃなきゃダメだったんだ それは、人間だれしも(本来は子どもの時に)100%自分に完全に向き合ってくれてるという経験がなければならないもので、それを「未経験」のままでいるとその後の人生ずっと「未経験」でなにかどこかで「足りない、足りない」と思って生きざるを得なくなってしまうんだ

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    というか、100%ではなく、例えば相手が他のことをしながら50%しか向き合えてもらえなかったとき、自分は一層の寂しさを感じていた。そしてそれはとても苦しいものだったために「もう、そんなんだったら金輪際向き合ってもらわなくても結構」という気持ちになった。それがたまりにたまったときに親に対する怒りとか完全無視して無関係で生きたいとか、そういう気持ちになったんだろうなと思う。だから少し大きくなった時、中学や高校の時に時たますごく爆発して何か月も口きかなかったときがあったんだ

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    今までの自分は「100%相手が全力で自分と向き合って欲しい」という気持ちがあるということは認識していた。だが、その気持ちが出てくるたびに「相手の時間を奪うことになる」「相手に申し訳ない」「そんな贅沢なことができるわけがない」「もう十分大人になったはずなのに」というその気持ちを否定する考えがその上に覆いかぶさってしまい、その言葉を言えなくしていた。その言葉の元は全部、母親が言葉や態度で示して自分に刷り込まれていたものだった

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    一晩が過ぎて分かった 「カッチリはまった感覚」になるのは、相手が100%全力で自分と向き合ってくれていると自分が思った時なんだと

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    それからしばらくしてパートナーと一緒にいるとき、なぜ自分はパートナーと話していて気持ちが「ガッチリかみ合ってる」ときとそうでなくぜんぜんかみ合った気持ちがしないときがあるんだろうと思い出した

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    施術をしてもらっている間になぜか突然分かった。楽しい記憶がなぜ悲しかったり不安になったりするのかということ。子どもの頃、楽しいことがあってそれを思い出して「楽しかった(あの時に戻りたい)」と言ってよく泣いてたのだが、その時に母親は「前を向いて生きるしかない」「過去には戻れない」「一緒に遊んでくれた人はそんなことはとうの昔に忘れている」としか言わなくて、自分の気持ちに全く寄り添ってもらってないのだ そういうときは「そうだね、あの時は本当に楽しかったね」と自分の気持ちを受け取り、そして「でもまたお正月やお盆になったら遊んでもらおうね」と言わなければならなかったのだ 母親の思考回路がそれしかなかったのだろうというのは分かるが、このような母親の行動が子どもには「自分の気持ちは受け取ってもらえないんだ」という学習経験と傷になる

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    そしてその記憶は思い出したいときに勝手に潜在記憶から顕在記憶に浮かび上がってくるものだから、自分で何か操作するものではないと言われた。記憶とは思い出したいときに浮かび上がってくるものです、と。忘れようと思って忘れる努力はしなくていいんだと

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    これは本当は脳の疲れなんだと思う 生まれてから今まで緊張して周囲を観察して自分が攻撃されないようにどうすればいいかずっと休むことなく考え続けて、それが習慣になって それを半世紀以上続けてきたのだもの、めり込むようにしんどくなるのは当然 脳も体の一部だもの

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    疲れてしんどくて立ち上がることすらできないボロボロの状態だけどこの状態が本当の自分の姿なんだどこも無理していない自然体の自分なんだ でもここから脱却するために無理して頑張ったりしなくてももう大丈夫 自分はこのままでも大丈夫 誰も何も責められたりしないから大丈夫 自然に任せよう、自然に任せていても大丈夫 治る努力しなくても大丈夫 治し方は体が知っている

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    自分の中の大きな悲しみや苦しみはもう自分で受け止められるくらい大きな器になった だから無理矢理それを押し込まなくていい 今は嫌なことをする人はいない 自分の気持ちは自然に任せておいて大丈夫 自然のままで大丈夫