Elektrine lite

← Feed

@Cement_Thing@fedibird.com

Post #3960508

2026-07-20 13:08 UTC

『いつも茶畑で歌っていた』は小森監督自身の父方の実家でもある静岡県根本町の地名(じな)という地区を撮ったもので、パーソナルな主題であると同時にその地区に住む人々のあり方にも目を向けた、家族映画なのに開かれているという不思議な一本だった。 地元の製茶工場が閉鎖してしまったことから茶畑存続の危機になるわけだが、全てが失われてしまう前に、監督は地元の様々なものへ目を向けていく。民話・お祭り・そして父と伯父が作るフォークソング。 喪失の気配がありつつも、地元の人々へむける眼差しの揺るぎなさのおかげで雰囲気は暖かい。フォークソングが地元でかなり人気だったりするのもなんか微笑ましくてよかった。親戚の子どもたちが走り回りながら遊ぶ様子をじっくりと撮ったあとに、祖父にまつわるエピソードとラストの雪。住む人が変わりながらもなにかが続いていく。ゆったりとした山々の捉え方もすばらしい。 恵比寿映像祭ではこれインスタレーション形式で上映されていたらしいが、本当に映画館で見れてよかったな……と思った二本だった。 https://asianfilmjoint.com/

Replies (1)

  • @Cement_Thing@fedibird.com 2026-07-20 13:08

    福田克彦『草とり草紙』(1985)はいろんな意味で衝撃だった。 成田空港二期工事予定地に一人で住んでいる染谷カツさんというおばあちゃんに密着したドキュメンタリーなのだが、三里塚闘争が前面に出てくることはなく(本当に全くない)ただひたすらに染谷のおばあちゃんの話を聞き続ける。 それを19のエピソード連作みたいにして一本の長編にしたという作品で、まずこの構成からしてなんなんだという変さ。なのに見ていくと、染谷カツという人の歩みから明治以来の日本の変化が見えてくると同時に、強烈な個性をもった女性の一代記を聞かされているようにな気になってきて…… 近代化や都市化に戦争、女性の選択肢の違い……子どもを産むことも、その子が亡くなることも、すべては近代国家の体制と骨絡みなんだなあと。産むことや命のいまだと考えられない軽さというか、この感覚は証言じゃないと残らないよな。 子や孫より自分一人で自由でいられる家のほうが好き、贅沢な寿司やら刺身やら買ってもらうより、質素なご飯が気ままに腹に入っていくほうが気持ちいいみたいな話よかったな…… カツさん自身は決して自分の経験をすべて明確に言葉にできているわけではない(意図的にぼやかしていたり整理できていなかったり、逆にこういうことだったと物語を作っていたりする)。

    Open ##3960507