Post #3960507
2026-07-20 13:08 UTC
福田克彦『草とり草紙』(1985)はいろんな意味で衝撃だった。
成田空港二期工事予定地に一人で住んでいる染谷カツさんというおばあちゃんに密着したドキュメンタリーなのだが、三里塚闘争が前面に出てくることはなく(本当に全くない)ただひたすらに染谷のおばあちゃんの話を聞き続ける。
それを19のエピソード連作みたいにして一本の長編にしたという作品で、まずこの構成からしてなんなんだという変さ。なのに見ていくと、染谷カツという人の歩みから明治以来の日本の変化が見えてくると同時に、強烈な個性をもった女性の一代記を聞かされているようにな気になってきて……
近代化や都市化に戦争、女性の選択肢の違い……子どもを産むことも、その子が亡くなることも、すべては近代国家の体制と骨絡みなんだなあと。産むことや命のいまだと考えられない軽さというか、この感覚は証言じゃないと残らないよな。
子や孫より自分一人で自由でいられる家のほうが好き、贅沢な寿司やら刺身やら買ってもらうより、質素なご飯が気ままに腹に入っていくほうが気持ちいいみたいな話よかったな……
カツさん自身は決して自分の経験をすべて明確に言葉にできているわけではない(意図的にぼやかしていたり整理できていなかったり、逆にこういうことだったと物語を作っていたりする)。
Replies (1)
-
@Cement_Thing@fedibird.com 2026-07-20 13:08
ただまあそういうこともあるよねと思って見ていたら、夫を亡くした経験について毎回同じ話をする様子を三回映して、「カツさんはこの経験をこのような物語としてしか語りません(うろおぼえ)」みたいなナレーションが入ってきてびっくりした。 なんで同じ話する様子をそのまま繰り返すんだと思ったら「衝撃的な経験をわかりやすいストーリーに整理してしまう人」として撮るためだったとは……変な映画や…… ほかにも幻想的な「夢」のパートとか、孫本人が嫌な感じがすると言っていたのでカットしましたとあえて黒画面で宣言する「孫別れ」のパートとか、そんなんドキュメンタリーでやっていいの!?みたいな実験的な演出がバンバン出てきて、後半にかけてすごい勢いで面白くなっていく一本であった。 しかもすごいのはそれが奇をてらっているとかではなく、一人の矛盾を抱えた人間としてのカツさんのあり方にいろんな角度から迫ろうとした結果なんだろうな~と思わされたりして、実際見るとカツさんのことをちょっとだけ知れたような気持ちになる。また、この人が自分を譲らずに生きていくこと自体がなにかに絡め取られずに生存する抵抗でもあるというテーマも最後によく理解できるし…… いや~すごい、これソフト化とかしてないんだろうか。世の中まだまだ異様な映画は眠っているものだ