2026-07-11 13:28 UTC
→(続き) 台湾人である千鶴の返答は書かれていません。そして数行分の空白。
要するに、この沈黙によって読者に反応を委ねているのだと思います。当時の台湾人が、支配する側の人間から「友達になろう」と言われてますよ。あなたなら、どう応えますか、と。
「善意」から発せられた言葉は台湾人の側にはどう聞こえるのか。
ここでは、単に「当時の」インテリ日本人の思い上がりが批判されている、というだけでなく、現在の日本人の無知も含めて「見られている」視線を感じます。
80年前の青山と、現在「日台友好」を口にしながら台湾を訪れる日本人と何が違うでしょうか。
植民地化、皇民化教育を押し進め、50年にわたって台湾人の言葉を奪うということをしておいて、今ぬけぬけと台湾で日本語教室をやっている私も、この小説に「見られている」と感じました。
この小説が読まれれば読まれるほど、日本人は世界から「見られる」ことになるでしょう。
やはり、→
Replies (1)
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@inuyamanihongo@mstdn.jp 2026-07-11 13:29
→我々日本人がすべきは過去の日本の加害を知ることです。過去に日の丸の旗の下で日本人はこの島台湾で(そしてアジア各地で)何をしたのか。その加害の歴史を自分自身の問題として受け止め続けること。それが、このを読んだ「感想」になるのではと思うのです▼ 追記 三つの言語を比べならがら、パラパラ読むのは楽しいですね。台風の「おかげで」ちょっと時間ができたので。 「我和小千在緣廊剝荔枝來吃」 「私と千鶴は、縁側で荔枝(ライチ)を剝いて食べていた」 “Chi-chan and I sat eating lychee on the engawa veranda.”