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Post #4491657
2026-08-11 06:44 UTC
"もう一つ。日本も当時、原爆の開発を進めていた。陸軍は理化学研究所の仁科芳雄を中心とするニ号研究、海軍は京都帝大の荒勝文策のもとでのF研究。ウラン235に中性子を当てて核分裂を起こせば爆発につながることは、科学者の間ではみんなわかっていた。ただ、科学者たちは「今次の戦争では作れない」ともわかっていた。実験に必要なウラン鉱石すら満足に集まらない状況だった。
ところが、1944年夏のサイパン陥落などで戦況が切迫してくると陸軍の指導部は「一刻も早く作れ」と半狂乱になって仁科に詰め寄った。もし万が一にも日本が原爆を持っていたら、悩むことなくサイパンに落として奪還しようとしただろう。"
保阪正康さんに聞く原爆 日本も開発「被害国の論理だけ言えない...
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