2026-08-09 01:48 UTC
ドストエフスキーのオタクあるいは戦後に生きる人間の見た『正三角関係』
https://masainos.hatenablog.com/entry/2024/09/28/225730
“日本もまた戦時の暴力や虐殺行為、植民地支配と搾取を行った。近年、そうした暴力の歴史を隠し、なかったことにしようとする動きがあり、私は怖い。このような動きが出てきたのは、それだけ時間が経ったということを、歴史を適切に扱う蓄積を社会全体で十分になさないまま私たちが漫然と時を過ごしたということを示しているのだろう。翻って原爆については、あまりにむごたらしく全てを破壊したあれは、災厄ではなく人の営みによってなされたものだということを見つめ得るほどの隔たりが、1945年と2024年の間にはあるはずだ。もう二世代か三世代遡らなければアジア太平洋戦争の直接体験者がいない、そういう場所から言うことのできる、言うべき言葉があるはずだ。
いや、おそらくこれははっきりと言わねばならない。戦争は災厄ではなく災害でもない。それは人がもたらした。日本にアイデンティティを持つ「私」は戦争に関与したし、関与している。そういう今に立って戦争に反対する。国の武器購入もどこかでそれが作られるのもごめんだし、使われる(使われた・かもしれない)ことに対して強い憤りを感じる。嫌だ。やめろ。今すぐに!“
Replies (1)
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@kelmscott_masai@fedibird.com 2026-08-09 01:48
私にとっては、原爆投下は歴史的な出来事であって、直接に悼むべき死者が身内などにいるわけではない。それでも追悼をするのはそのむごたらしさと、それを伝える教育を私が受け取ったからだ。だけど今は、それを受け取ったのなら積極的な形で掲げて戦争反対、もっと言うなら、戦争へと向かおうとする政治や社会に対して異議申し立てをしていかなければならないと思う。